散文詩「幸福な人生」

「幸福な人生」
 
黒歴史を作らず、厨二病と距離を取り、空気をきちんと読む。
身だしなみに気を遣い、適度にスポーツをたしなみ、明るい友人たちと他愛のない団欒を共にする。
季節ごとに服を買い、友人に同性異性を問わず、ときどきはアルバイトで小銭を稼ぐ。
ひけらかさずに必要十分な勉強をし、夢を語り、でもあくまで現実的な選択肢は残していく。
敵を作らず、しかし不要な関係とは距離を取り、大事な人の顔色はきちんと読む。
 
美しいが愛嬌のある、誰にでも好かれる恋人を作り、説明のいらない名前の会社に勤め、近すぎないが通うのに苦ではない都市近郊に住む。
子どものわがままをときどき叶えてあげ、年に一度だけ親に顔を見せ、忙しさを理由に学生時代の友人関係を調整していく。
年齢ごとに先手を打ちながら、悩みのない様子を周囲に振りまき、手頃な地位を得て子どもの成長を見守る。
頃合いを見て自立し、業界の中で大きすぎないプレゼンスを得て、軌道に乗った事業を若い人間に任せていく。
子どもがひとり立ちし、息子は夢を叶え、娘が結婚する。
妻と長い休暇をすごし、行きたかった国へ連れていき、写真を家族や友人に送る。
 
不動産や株式の利益から悠々自適の生活を送り、ときどき古巣の会社の会報に顔を出す。
壮年期に新しい産業に目をかけ、資金やコネクションを提供し、新時代にキャッチアップしている様子を見せる。
孫たちが生まれ、子どもたちは感謝し、家族はみな笑顔で、向けられる尊敬の眼差しに慣れていく。
この世に不幸などひとつのこらず消えて無くなり、自分が世界を幸福に変えたのだという気持ちに包まれて、親族に看取られて穏やかな最期を迎える。
 
育てた者達、かつての仲間、数えきれないクライアントの人々が、涙ともに追悼の言葉を送り、数週間のささやかな哀切を味わう。
 
そして各々が日常に帰っていく中で、彼の全てが忘れ去られる。