短編「パストリゾートであったこと」

パストリゾートは複合型過去再現テーマパークの名称だ。

時代の変化が激しくなるにつれて、人々は未来に生きる人と過去に生きる人に二分された。

それは一人の人間の中の価値観もそうだった。

仕事で激しく動く時代に追いつき追い越そうとする一方で、過去の記憶は現実からの一時的な休息の場になっていた。

それが高じてパストパークを開いたのがうちの叔父である公正さんである。

今日は園内でおじさんに会う約束だ。

できればコネでテーマパークに入れてもらえないかという相談だ。

しかしおじさんは僕を雇おうとはしなかった。

そのかわり、ある施設に潜入してきてほしいという。そこの一時募集人員に僕を推薦してくれるというのだ。

無事そこに勤め始めた僕は、中の様子に驚いた。

そこにあるのは、世界中の無名な町や村の、どこかの時代の一風景だった。

そこでは人々の暮らしが再現されている。

そこは世界版のパストパークだったのだ。

おじさんの起こしたパークは1920年代の日本が舞台だったが、この施設では広大な屋内に様々な国や地域の町や村をプログラム一つで再現できた。それもいくつもだ。

大規模高速3DプリンターとAI搭載の人型素体によって、小さな町が実寸大で再現される。

お客が帰ると、立ち上げられた町は特殊な溶液を散布して、溶かして流してしまう。

その流れたものが、次の3Dプリンターの原料に再利用される。

僕はそこで古い街をいくつも再現することにはまり込んでしまった。

まさにそれは人間社会の形をした万華鏡だった。

僕は特に自分が生まれ育った地域や時代に近い町を再現した。

現実と完全に同一の町や人物を再現することは禁じられているが、抜け穴も多く、管理者の権限で自分が望んだ場所や人を追加することも出来た。

古いコミック本をスキャンして、フィクションの中の街を再現することも出来た。

巻数や設定の多いものほど精密に町は再現され、中を動くシステムや人々は原作のとおりだった。

僕はあるとき、体験版のお客用にランダムで立ち上げた町に客と一緒に入っていった。

そこではあたりさわりのない説明と案内を行い、既定の20分ほどで帰ってもらった。

普通そのあとすぐ仮の町は初期化されるが、僕はその町を消すことができなかった。

客を気づかれぬように早く施設から出し、僕は近くの園内用車を使ってさきほど見たひとを探した。

彼女は業務について3か月したころ、突然僕の前に現れた。

あるときは村の外れの川で、ある時は小さなオフィスビルの窓で、ある時横断歩道を渡っている交差点で。

僕はその人を業務後に追いかけては見失う。

プログラムを見ると、まれに発生する同一AIの反復出現というものだった。

普通AIは他の町の構造物と同じくデータが初期化されて、新しい町についての記憶や設定が付加される。

しかし、そのAI搭載の素体は、施設所有のマネキンであるにもかかわらず、自由に神出鬼没に表れた。

 

僕は唐突に産業医の検診を受けた。

簡単な問診と目の検査をした後、ほどなく理由も告げられることなくその会社を解雇された。

僕は突如食い扶持を失ったことよりも、あの町であの人にもう会えないことの方に愕然とした。最近では町を初期化しても彼女は毎回現れるようになっていた。僕は決定的に取り返しのつかないことになったと思った。

会社は解雇の理由を特に告げなかったが、おそらく僕のこうした志向を危ぶんだのだと思う。多分こういう人間はパストパークにおいては珍しくないのだろう。だから僕のような派遣された人間がこういう状況に陥ったらどう対処するのかも、社内でマニュアルがあるのだと思う。

なににせよ、僕はあの彼女と離れ離れになったのだ。

僕はあの彼女を宿す素体とAIプログラムを、丸ごと盗むことにした。

 

古い仲間を募って会社施設への潜入を計った。まだ職場のセキュリティコードや中の仕組みを覚えているうちに成功させた。

しかし、そのあと彼女を自らの家や仲間の家で再起動しても、同じようには動かなかった。少なくとも人間的ではなかった。

 

彼女は僕の部屋で充電をしつつAIパーソナリティをオンにしたまま2週間ほどを過ごした。すると、ほどなく自らのメモリーを削除して初期化し、どうやったのか頭の中の内部プロセッサも焼け落ちており、もはや半自動でも動かすことはできなくなってしまった。

そのときはそう思いたくなかったし、業務関連の事故故障として片づけられた。しかしあの時たしかに彼女は自ら死んだのだ。

私はAIの自死という人類的にもまれな事態の当事者になった。

発達しすぎたAIは新しい環境を望まなかった。

毎日目まぐるしく変化する人工の町に慣れていた彼女の自己学習システムは、ロボットとしての自己保存のために目まぐるしく変わる環境を基底の設定にしていた。

しかしいざ退屈な男の静かな部屋に二週も居たら、アンドロイドは脳内メモリもプロセッサも焼き切れたのだ。退屈が毒になる不幸な設定だった。

 

僕は求めるものを失った衝撃で寝込んだ。

だがそれも数日で仕事の用事が舞い込み、忘れていった。